猫のゆりかご
出産


2008年11月29日(土)

夜中何度も目が覚めるけれど完全に起きてしまうことはなく、7時起床。

信号にも引っかからず、渋滞もなかったので産婦人科に一番乗りで到着。
予約じゃなかったけれど2番目に名前を呼んでもらえる。
隣の診察室から「…流産…」という言葉が聞こえる。

T医師によるエコー。
話されたことはあまりよく覚えていない。
「今回は厳しい」とか?
「今日は一人ですか」と聞かれ、夫と来たと答えると、「あとでご一緒に説明します」と言われる。
エコー写真をくれなそうだったので欲しいと言うと、もらえた。

「朝ごはんは何時に食べた?」
「今からは何も口にしないように」と言われる。
後に言われることの想像がついた。

診察後、問診のため次に名前を呼ばれるのを待つ間、男の子を連れたお父さんの 「ママ今日お家に帰れなくなっちゃった」という声を聞く。
さっきの人も私とおんなじように入院するのかな。

説明を受ける部屋に夫と入室。

早い人は5週から、7週でほぼ100%心拍が確認できる。 前回の生理から数えると、今は11週。排卵が遅れていたとしても、 妊娠検査薬で陽性が出るのは4週以降なので10月30日が4週だとしても今は8週になる。 心拍が確認できないのはおかしい。胎芽と思しき影も小さすぎる。2cmくらいあってもいい時期。 大きくなったように見えるのはむくんでいるのかも。 家に帰って来週まで様子を見る必要はない。その間に出血が増えたり、 体が赤ちゃんを異物と見なしたり、子宮が癒着してしまったりするかもしれない。 そうすると次の妊娠が難しくなる。
というようなことを言われる。

そもそも予約を入れてあった来週の金曜日まで待ってから、 もしかしたらそのとき心拍が確認できるかもしれないから、それまで待って手術をするかどうか決めたい。
医師にそう伝えた。
でも、

待っても変わらないと思う。出血量も増えているし、貧血で倒れるかも、 早くした方が子宮にとって良い。帰らせることはできないので、 入院して様子を見ても良いが、見込みのある入院なら良いけれどあなたの場合、見込みはない。
とはっきり告げられる。

それでもまだ、もしかしたら赤ちゃん大丈夫かもという望みが捨てきれなかった。
医師の言葉に頷けず無言で答えていた私も、夫の「今日、してもらおう」の一言でそれ以上言うのを諦めた。

不全流産というらしい。
妊娠初期にはよくあることで6人に1人がなるのだと説明される。

そんなに多いはずはない、そう思いながらも黙って聞いていた。

「まだ(妊娠するには)早かったんですか?」
質問した夫にT医師は、妊娠できたのだから早かったことはないと思う、と答えられた。

病院側の書類らしきものに助産師さんが「出産経験なし」と記されたので、違いますと伝える。
二人目なんです、と。

個室は空いていなかったけれど、大部屋が全ベッド空いていたのでそこに入院。

手術は今まで診察して下さっていたM医師。
病室に来て下さった際、尋ねてみる。
「赤ちゃん、ダメですか?」
やはり、赤ちゃんが小さすぎると言われる。

たくさんの同意書にサイン。
夫がしてくれる。

外はすごく良い天気のようでブラインドから漏れる光が眩しい。

看護師に、アクセサリーはすべて取るように言われそのようにして待っていた。
再度やってきた看護師に、ネックレスも取るように言われる。

違うこれはアクセサリーじゃない。

そううまく言えなくて言い淀んでいると、分かってくれたようで、 先生に取らないでいいように話してみるねと言って下さる。
察しの良い看護師さんで助かった。

11時、分娩室へ。
分娩じゃないのに。
侑和は連れて入って良いことになった。良かった。

点滴(抗生物質?)や体を固定されている間に先生に尋ねる。
「出てきた赤ちゃんはどうなるんですか?」
「瓶に入れるのよ。見たい?」
「はい」と答える。

部屋には看護師3名と医師2名、研修医らしき人1名。
M医師と研修医に触診される。
11時10分、麻酔の前投薬の後、麻酔。
ずっと時計を見ていた。

気づくと、私の足の方にM医師とその手元を見ている研修医。

ぼんやりとしか見えないけれど、下で何かされている感覚はある。
正に掻きだされているかんじ。

もうひとりの医師の顔も見えた。

手術が終わり、赤ちゃんを見せてもらう。
「どれが赤ちゃんかはわからない」と言われる。
まだはっきりとは見えなかったけれど、白っぽかったり茶色っぽかったりするふわふわしたものが瓶の中にある。
ホルマリンにつけてあるそう。

ストレッチャーで病室へ移動。

11時35分、夫によると、6人掛かりでベッドに運ばれたそう。
顔は白く、体温が下がっているように見えた、と。

確かに体温は下がっていたのかもしれない。
手術後、すごく寒かった。
気持ち悪いかどうか尋ねられ、寒い、と答えた気がする。

夫もホルマリンに入ったおといもちゃんと対面する。
診察室についてきて気分が悪くなる人だから、大丈夫か心配だったけれど、 平気そうだった。
自分の子どもだもんねと思い直す。

この後どうなるのか尋ねると、検査室に回されると聞く。
稀に、今後の妊娠に影響する異常が見つかる場合もあるそうだ。

検査した後どうなるのかまでは聞けなかった。

先生の許可が出たのでおといもちゃんの一部を連れて帰ることにした。

ホルマリンは危険物なのでもらえず、そのままにしておいてはいけないと注意を受ける。

お腹の痛みもなく、出血も少量。

12時半、夫がお昼に売店で購入したチキンカツサンドを食べるのを見て、同じものが食べたくなる。
でもまだダメだと、うがいだけさせてもらう。
そのうち飲み物はOKになり、りんごジュースを飲む。

夫にブラインドを上げてもらい、外を見る。
とてもきれいな空。
晴れ渡って、隣の小学校の校庭の紅葉もきれいで、ベッドの上から写真を撮る。

トイレに行った。
トイレを挟んだ反対側が産科病棟らしく、窓越しに何人かの妊婦さんとその家族の姿が見えた。
あまりに眩しくて、すぐに目をそらした。

手術が終わってから様子を見に来てくれた看護師に
「今日もう一人流産の人がいらっしゃるんですか?」
と尋ねたら、その人は違うことで入院なのだと言う返事が返ってきた。
良かったと思った。
良かったと思えるようになって良かったと、そう夫に話した。

16時10分、T医師による診察。
中に入れていたガーゼを抜かれ触診。
夫と一緒に退院後の説明を受ける。
手術前にも尋ねられた同じ質問、1泊するかどうかを尋ねられ、再度、すぐにでも帰りたいと告げ許可される。
早く家に帰りたかった。お仏壇の侑和のそばに帰りたかった。

16時半、退院。

「次に入院するときは、賑やかな反対側の産科病棟に入院するんだ」
口に出して言ってみた。

お花屋さんに寄り、おといもちゃんのためにフラワーアレンジメントを買って帰る。

夕飯は作る気がせず、でも一刻も早くうちに帰りたかったのでどこかに 食べに行くのではなく、お惣菜を買いこんで帰る。

仏壇の前にテーブルを出し、おといもちゃんの誕生日のお祝いをする。

命日だけど、誕生日でもある今日。
おといもちゃん、私をママに選んでくれてありがとね。
ママ、頑張れなくてごめんね。
でも、本当にありがとね。


私は夫をお父さんにしてあげれるのだろうか。
もうお父さんだよと彼は言うけれど、いつか子供に「お父さん」 と呼ばれる日を迎えさせてあげれるのだろうか。
私にお母さんになる資格がないのだろうか。

私は夫が良い。
けれど、夫は私で本当に良いのだろうか。

両親にもぬか喜びをさせてしまった。
本当に申し訳ない。


夕食前に義母が来てくれる。
義母もごく初期の流産経験者。
私と同じように、義母も家に帰してもらえずすぐに手術したそうだ。


やはり私は赤ちゃんの出来にくい体なのだろうか。
いろいろ検査したほうが良いのでは?
夫は、自然に任せよう、という。
できてもできなくてもどっちも楽しいと思うよ、と。

でもまた、頑張ってもいいかな? と言ってくれる。
チャレンジしたい、と。

すごくうれしい。


23時、もうこんな時間。
20時にはご飯を食べ終わっていたのに。
リビングで眠っている夫を起こして、きちんとベッドで眠ろう。
明日は目覚ましをかけずに。




→出産後



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